「バールーフーレーアー」

妙に長い間隔で名前を呼びながら部屋の入口からがひょっこり顔を覘かせる。



「あ、丁度よかった。皆も一緒で」



の言う皆とはフランとバッシュ、そしてバルフレアの三人。


つまり世間でいう大人と呼ばれる人の事。
それ未満の三人は丁度席を外していた。










retribution










「ねぇ、これ見て。知ってる??」

未だ部屋には入らず覗き込むだけのが今度は手に何かを持って差し出した。

「何でそれをが持ってんだ」

「あら、それ・・・」

「『ビュエルバ魂』じゃないか」

確かに一度は聞いた名前だと、はその瓶を見る。

「へぇ、やっぱり有名なのね」

「わざわざ買ったのか?」

「ううん、違うわよ」

そう言いながら部屋の中に入ってきた
テーブルの上に瓶を置き、買ってきた荷物を下ろす。




「貰ったのよ、小父様に」




その言葉にピクリと眉が上がったのはバルフレア。

「酒場に行きたいっていうから道案内頼まれて。それで」

「親切なこった」

たかが道案内でそこまで律儀な奴が世の中にいるかよ、と思いながらを見ると
そ知らぬフリをしてグラスを持ってきていた。

「別に経緯はいいじゃない。飲みましょうよ」

目線に対しての言葉を返すようには笑顔でそう言った。










バルフレアの手によって開けられた瓶の蓋。

グラスに注がれる淡い色のお酒からは名前とは裏腹にとてもいい匂いがした。


「美味しそうね」

「それは飲んでからにしろよ」

「え、あれ。もしかして私だけ?飲んだことないの」


見渡した顔全部がを見ていた。

その視線を受けながらグラスを持ちゆっくりと口へと運んでみる。
皆も一緒に飲むだろうと思ったのだがの反応を待っているのか一向にその気配はなかった。。。。
何だか不安になる。あの時酒場にいた人が話していた『噂どおり』という言葉を想像しながら。

「。。。。。」

ペロリと舌先だけで味わってみるが、、いまいち分らない。

目線は未だそのままでバルフレアは顎先で飲めと促している。
はグラスを傾けると喉へゆっくりと流し込んでいった。



一口、二口、、、、普通はそこら辺で一度休むはずなのに一向に口元から離れないグラス。



そして見る間にその中身はの体内へと消えていった。
不測の事態にバルフレアは困惑気味に眉を顰めていると、
空になったグラスがカタンと音を立て机の上に置かれていた。

「・・・・・・・」

ヤバイ事になるんじゃないだろうかと思っていると
ニコニコと満面の笑みを浮かべてバルフレアにグラスを差し出した。


「これ、、、、美味しい!」

持っていた瓶を一度遠ざけた。






『酔っているだろ』と、ハッキリ断言できない笑顔のままそれ以降も飲み続ける。

それに普段どおりの会話をしているのだから呂律が悪いわけでもない。

何度もせがむ言葉に結局押されもう少しだけグラスに注ぐと、ありがとうと言いながら手に触れてきた。


「今度は私が注いであげるよ」

「嬉しい事だが、、、、何処まで入れる気だ」

「飲めるでしょ?」

「っ、、おい」

「無理なら私が代わりに・・・」

、これ以上は飲むな」

のグラスと持っていた瓶をひょいと取り上げられ面白くなさそうにする彼女。

「あら、、、、どうして?」

「自分で分かるだろ」

「。。。。。自覚はあまりしてないけどね」

「水、持ってきてやる」

「いいわ、大丈夫。一人で行けるから」


机の上に手をつきゆっくりと立ち上がり歩き出す姿を見つめるバルフレア。

不安を煽る足の運びに自分が席を立つかどうか迷っていると、取り上げた筈のグラスがの手の中にあったのだ。

「あいつ・・・」

それは並々に注がれた自分のものだと気がついて小さく舌打をした。

「悪い、片づけといてくれ」

と、残った二人に言葉を掛けて酔いに興じて揺らめく蝶を捕まえに旅立つ事を決めた。









指先で廊下の壁をなぞりながら歩いているがクスクスと笑っている。


甘い香りを残しながら進むその背を見つめてバルフレアもククッと笑う。
誘い出されたんだと今更気付いて妙に可笑しかったのだ。


「大分酔ってるな。。。。俺も・・・」


普段どおりの速さで歩けば容易くに追い着き、持っているグラスを掠め取り廊下を進む。
釣られるように後を追ってくるその存在をからかう様に誘導させながら部屋へと導く。

バルフレアは椅子に腰掛けるとグラスの酒を一気に飲み干しテーブルの上にそれを置くと、
顰め面をしながら近寄ってくるに片手を伸ばした。


「どうせもう飲めないだろ」

「そんな事ない」

「強情な奴」

「返してよ」

「もう無いんだから諦めろ」

「少しくらいはあるんじゃない?」



空っぽのグラスを伸ばされるの手から遠ざけた丁度その時―


太腿にかかる負荷と同時に閉ざされた口元。
割って入ってくる熱さと舌先に、らしくなく動揺してしまい唇を離したがまたクスクスと笑った。


「残念、グラスじゃなくてこっちでした」

「・・・・・二度も嵌めたな」

「引っかかるほうが悪いのよ」

「騙す方には悪意があるだろ」

「ア・イでしょう」

「さぁ、どうだか・・・」

「足りないならもっと注いであげましょうか?」

「いいや、遠慮しとく」

「そんなこと言わないで、受け入れて」

「これ以上はマズイんだよ」

「―――・・・・」

「どうしてか教えてやろうか?」



瞼を閉じたバルフレアは一呼吸つくとゆっくりと瞳を開き嬌笑を浮かべる。

自分を見降ろす姿勢のに下から目線を送りながら、
掌で相手の顔を包み込んで逃げられないようにして。


「どの器にも限界はある」

「・・・・・・・・」

「でも、お前にはまだ余裕があるんだろ?」

「―。。。バル。。。っちょ―」

「そんな事いわないで、受け入れろよ」

「私だってこれ以上はッ・・・・!!」

「心で無理なら体で受け止めればいいさ」


この体、全てはその為にある筈―



「・・ッ。。。。。。。。ぁ」




手で、口で、目で、全てを捕らわれてから気付く。そこに蜘蛛が張るような糸があったことを。

でもそれは惑わした蝶が悪い――――誘い出したのはそっちの方が先だったろ。